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第9話
「帰りたかったんだね。純也はここに、航平くんたちのところに帰りたかったんだ。だから、ウリ専なんてやめて一緒に暮らそうって言っても、困ったように笑っていたのか。僕と暮らすと二度とここに戻れなくなるかもしれないから……」
消え入るような笹木の嗚咽が航平の胸をぎゅう、と締めつけた。
「……帰りたかったんなら、帰ってきたらよかったんじゃ」
低く響いた声に笹木が顔を上げる。そこには拳を硬く握りしめて顔を赤に染めた航平が御影石を睨みつけて立っていた。
「意地なんか張らんと親父に頭を下げて帰ってきたらよかったんじゃ。大体なんじゃあ、あのとき、兄ちゃんは俺に言うたじゃないか。『先生と何処か遠くに行ってしあわせになる』って。俺が行かんでって泣いても、『絶対に戻ってくるけえ、そのときは、おかえりって迎えてくれ』って」
唸るようだった航平の声が徐々に大きくなってくる。ふるふると震え始めた航平の様子を笹木は立ち上がって心配そうに覗う。
「俺、あんときの兄ちゃんとの約束を守って親父たちに黙っとったんで。兄ちゃんがあの夜に家を出たこと、黙っとったんで……」
ぽたん、と航平の見開いた瞳から涙がこぼれ落ちた。それは次々と溢れ出して航平の喉を詰まらせる。それでも、
「笹木さんっ。笹木さんは兄ちゃんのことが好きじゃったんじゃろ? じゃけえ、ここまで来たんじゃろ?」
涙で滲んだ笹木の姿がゆっくりと頷いた。
「兄ちゃんは大馬鹿じゃ! あんなクソッタレと付き合うて俺らに心配かけて! アイツは結局、兄ちゃんを追いかけんかった! 兄ちゃんのことを忘れて、今でも変わらんと先生やって、家族と何食わん顔して暮らしとるわっ。兄ちゃんはアイツに遊ばれとっただけじゃっ!」
ぎっ、と御影石を睨みつけていた航平が急に墓石ににじりよった。勢いで足に引っかけたワインのボトルが落ちてガシャンと割れる。流れ出したワインの匂いの中で航平は硬い石に力一杯、拳を叩きつけて、
「出てこい! そこから出てきて笹木さんに謝れ! いくら寂しかったからって笹木さんをアイツの代わりにするな!」
「航平くん!」
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