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第10話

 ひっくひっくとしゃくりあげて航平はその場に座り込んでしまった。笹木もまた、航平の隣に腰を下ろすと、白い半袖シャツの背中に手を添えた。 「兄ちゃんの嘘つき、馬鹿たれ、アホんだら。必ず帰るいうても、あんな小さい箱に入っとったんじゃなんにもならんよ。俺はあんな箱になんか、おかえりって言いとうなかったよ……っ」  そのまま航平は地面に突っ伏して大声で泣いた。兄ちゃん、兄ちゃん、と泣き崩れた航平の背中を笹木は黙っていつまでも優しくさすってくれた。やがて涙も鼻水も枯れ果てた航平は少し顔をあげて隣の笹木に視線を向けた。  笹木と視線が合うと少し恥ずかしくなって航平はさらに頭を反らした。そこには青い空に向かって花開いたような沢山の朝顔灯篭が風に揺れていた。 *** 「本当に大丈夫? こんな状態の君を置いて帰るのは忍びないけれど」  新幹線のホームにはまだ大勢の帰省客が行き交っている。航平たちは笹木が乗る予定の新幹線が入ってくるのをホームのベンチに座って待っていた。  心配して何度も問いかける笹木をまともに見ることが出来ずに、航平は恥ずかしそうに小さく頷く。両膝の上に置いた赤く腫れている手を笹木の右手が柔らかく包み込んだとき、東京行きの新幹線がホームに入ってきた。 「ありがとう、航平くん。航平くんに会わなかったら、僕は自分の想いを持て余したままで東京に戻るところだった」  笹木の言葉を航平は俯いたままで聞いた。今日、初めて会ってほんの数時間しか一緒にいなかったのに、とても離れがたくて、また涙が出そうになる。  ぐっ、と力を入れて堪えていると、笹木が財布から何かを取り出してペンを走らせた。そして、はい、とその小さな紙を航平に差し出した。 「なん?」 「これは僕の名刺だよ。もしも今日のことでご両親に叱られたら、全て僕に言われてやったんだって言ってね」  名刺なんて初めてもらった。裏返すと走り書きされた電話番号が書かれていた。 「さてと、行くかな」  ホームに停まった新幹線を見て、笹木がベンチを立った。航平も後ろ髪を引かれるように立ち上がって、並んだ乗客の最後に乗り込んだ笹木を見送る。  明らかに落ち込んだ様子の航平に笹木は、 「航平くん、来年もここに来てもいいかい?」  笹木の言葉に航平の顔が跳ね上がる。

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