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第14話:リコリスの咲く夜空のしたに【笹木智秋】
冷房の効いた路面電車から電停に降り立つと、むっとした暑さが体に纏いついた。熱気で揺らめく線路を行く電車を見送って青信号を足早に渡ると、都市の真ん中にあるとは思えないほどの緑の多い公園へと入り込む。
電車の窓からは鬱蒼とした木立に隠れていた原爆ドームも、今は炎天下にその朽ちた姿を晒している。一度、この建物が産業奨励館と呼ばれていたころの古い写真を彼と一緒に視たことがあるが、その洗練された西洋建築は当時はとても美しかったのだろうな、と思った。
蝉の声が何重にも奏でられる中、原爆ドームを通りすぎ、平和公園内を流れる川に架かる橋を渡ると、いつも彼と待ち合わせをするベンチが見えてくる。
いくら木陰とはいえ、さすがに真夏の昼下りには誰もベンチに座っていなかった。
(今年はこちらが早かったか)
笹木はベンチに近寄ると、ズボンのポケットから取り出したハンカチで首筋を流れる汗を拭った。太陽の光を反射する川面から涼しい風が吹き抜けて火照った肌を冷やしてくれる。ベンチに腰を降ろし、腕時計で時間を確認して、笹木はしばし煌めく川面を眺めた。
じわじわと蝉が合唱を続ける中、遠くから微かな足音とともに、
「別にええでしょう? うちにもその人紹介してくださいよ、平野先輩」
その甲高い声に笹木は考えごとを中断する。
「……何でそんなことせんにゃいけんのや? もうええ加減にせえや」
この少し苛ついた低い声には聞き覚えがある。
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