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第19話
笹木の呟きに航平は持っていた荷物を置いて、墓の前を簡単に綺麗にし始めながら、
「盆灯篭は後片付けが大変なんです。じゃけえ近ごろじゃ、盆灯篭を供えるなっていう寺も増えとるんです」
「確かにね。でもこれが広島の夏の風物詩なのになあ」
暢気に言った笹木に航平がくすりと笑った。
(あ、やっと笑顔が見れた)
「俺もそう思います。それに灯篭が見えんと兄ちゃんが帰って来 れんけえ」
暑さで萎れた花とほとんど灰になった線香の残骸を片づけて、航平が持ってきた盆灯篭を墓の横に立てた。笹木も紙の手提げ袋からワインボトルとメンソールの煙草、そして使い捨てのライターを取り出す。
「そういえば航平くん。さっき入り口の彼が言っていた、名前を書くってどういうこと?」
墓石にさあ、と柄杓から水をかける航平に問いかけてみる。航平は石にあたる水が笹木に跳ねないように気をつけながら、
「実はこの灯篭にはお参りに来た人の名前を書くんです。で、後から来た人がそれを見て、誰それは今年も来てくれたんじゃなあ、って」
(自分の名前を……)
今までに航平がそんなことを笹木に教えなかったのは彼なりの配慮からだろう。五年前のあのとき、長く行方不明だった息子の突然の訃報と笹木との関係を知り、取り乱した純也と航平の両親に笹木は激しく罵倒された。
『アンタが純也を殺したんじゃ』
『純也を愛していたとか好きだったなんて、気持ちの悪いことを言わんで』
『何が恋人じゃ。キサマは息子を金で買うとったじゃないか』
あの子を返せ、と狂ったように強く笹木の胸を叩き続けた二人の兄弟の母親の姿は、今でもその痛みと共に夢に視ることもある。
(灯篭に書かれた名前で、僕がここに来ていることが両親に悟られるといけないからか)
風を受けてゆらゆらと小さく揺れる朝顔灯篭を見ていると、使い終わったバケツを墓の脇に置いた航平が、
「笹木さん。何か書くもの持っとる?」
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