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第20話

 笹木は脱いでいる上着のポケットを探って、いつも持ち歩いているペンを航平に差し出した。航平はカチッとペン先を出すと、立てかけた朝顔灯篭の赤色の和紙の裏に何かを書き込んだ。 「ここなら見えんじゃろ。笹木さん、俺の名前の隣に書いて」  ペンを返されて航平が風に揺れないように押さえている朝顔灯篭に近づく。ほら、ここ、と指をさされて笹木は覗き込むように灯篭の裏側を見た。 「そこに下の名前で。ほしたら多分、見つかっても誰かは判らんけえ」  思いの外、耳元の近くで響いた航平の低い声に笹木はどきりとした。その胸の鼓動を航平に悟られないように、笹木は慎重に自分の名前を赤い和紙に書いた。  ――智秋。 「ともあきさんなんよね、笹木さん」 「あれ? 航平くん、知らなかったっけ?」 「ううん、知っとるよ。初めて会うたときに貰うた名刺、まだ持っとるから」  航平がカーゴパンツの後ろポケットの財布を手にして、そこから古びた紙を一枚取り出した。ほら、と差し出された名刺を受けとると、笹木は懐かしさで一杯になる。  これを渡したときの航平は「兄ちゃんの馬鹿たれ」と、ぼろぼろと涙を溢しながら熱く焼けた墓石を叩いていた。  ――こんなに優しい人を残して逝くなよ。  自分の半分に満たない年の少年に言われた言葉に笹木は救われた。  あのとき、本当は純也の墓の前で言おうと思っていたことがある。 「すぐに僕も行くから」  今から思えば滑稽な話だ。ウリ専ボーイだった純也が、本当に自分を恋人として想ってくれていたのかなんて分かりはしない。  きっと笹木の他にも純也が偽りの愛を囁く男は何人もいただろう。それでも、最期に純也が呟いた「おかえり」のひと言だけが、確かに純也と自分は心を通わせたのだという拠りどころとなっている。  純也が死んで笹木はまた孤独になった。この先、その孤独に耐えられそうもないから純也のあとを追おうと思っていたのに……。 「笹木さんは秋生まれなん?」  鼓膜に触れる心地よい声に笹木の意識が現実に戻る。少し上向きの視線の先には明るい笑みを浮かべた航平の顔。

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