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第23話
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メンソールの煙草から煙が昇らなくなるまでの間、いつも笹木と航平は御影石の前で純也の想い出話をする。ほとんどが幼いころの兄の話を航平が笹木に聞かせていたが、今年は航平から意外な問いかけがあった。
「笹木さん、兄ちゃんってどんな名前じゃったんですか?」
「どんな名前?」
航平の言葉の意味が判らずに小首を傾げた笹木に、
「ほら、なんちゅうんかな? えっと、源氏名、とか?」
(ウリ専ボーイをしていたころのか)
なぜそんなことを航平が聞きたいのかは分からなかったが、笹木は、
「実はね、そのままだったんだ。漢字は分からなかったけれど『ジュンヤ』って」
そうなんですか、と航平は供えた朝顔灯篭を仰ぎ見る。きっとふたりの並んだ名前を透かして見ているのだろう。
「なんでそのまま名乗ったんじゃろ? 大抵、ああいうんは別名にせんですか?」
「さあどうなんだろうね。確かに素性を知られたくないから大抵の人はそうなのだろうけれど、きっと純也はこの姿だって自分なんだと思いたかったのかも。それに……」
笹木も航平と同じように陽射しに透ける朝顔灯篭を見上げた。これはあまり考えたくはないのだけれど……。
「……もしかしたら、駆け落ちするはずだった相手があとから自分を捜しに来たときに見つけられ易くするため、だったのかも」
笹木の答えに航平が眉間に皺を寄せた。
(ああ、そうだった)
笹木は一時期の航平の電話を思い出した。あれは航平が高校二年になったころ。四月に新たに航平の通った高校へ赴任してきたのは、何と純也の駆け落ちする予定だった相手だった。
『兄ちゃんを騙して捨てた奴が学校に来た』
言葉巧みに教え子だった純也と関係を持ち、ふたりで逃げようと約束した男は結局、自分の仕事や家庭を取って純也を捨てた。先に家出をしてこの街を出た純也のあとを追うことは無かったのだ。
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