29 / 125
第29話
笹木の答えに航平の顔がパッと明るくなった。航平がどこに行きたいのかは分からないが、東京に来るのならばそのときは休暇を取ろう。隣の嬉しそうな航平の姿を見ていると、笹木も今からひと月余りのちに航平に再会出来るのが楽しみになってくる。
最終の新幹線がホームに入ってきた。いつもなら暗く沈んだ顔をする航平も今日は少し晴れやかに笹木を送ってくれそうだ。ベンチから立ち上がり、いつものように並ぶ人達の一番最後に車内へと乗り込むと、笹木はデッキで振り返ってホームに立つ航平に視線を向けた。
「東京に行く詳しい日にちとか時間は、また連絡します」
発車のベルに負けないように弾んだ声で航平が言った。それに大きく頷いて笹木も航平に笑いかける。駅員が発車を知らせてもうすぐ扉が閉まるかというときだった。
「笹木さんっ」
何を思ったのか航平が大きく笹木の名前を呼ぶと、いきなり一歩デッキへと右足をかけた。口元には右の手のひらを沿えている。笹木は思わず、左の耳を航平の口元へと寄せた。
うるさいアナウンスと発車ベルが響く中、笹木の寄せた左耳に航平の声がはっきりと捉えられた。
「……俺、笹木さんのことが好きです」
そして小さな水音とともに左の頬に暖かなものが押し当てられると、航平は、とんっと笹木の肩を軽く押し出した。
(――、えっ?)
驚いて咄嗟に左頬を押さえた笹木の目の前で航平はさっとホームに後ずさると、にかっと笑顔を浮かべた。
「航平く……」
ホームの航平に声をかけようとしたが無常にも目の前で列車のドアが閉まってしまう。厚い窓の向こうの航平が笑ったままで、今度電話する、とジェスチャーを交えて唇を動かした。そして右手を上げると、ゆっくりと新幹線がホームから離れて始めた。
笑いながら小さくなる航平の姿を目で追って、笹木は左の頬を押さえたままいつまでもデッキに立ち尽くしていた。
ともだちにシェアしよう!