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第32話
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「うん、そこの階段を降りて左手に曲がって。真っ直ぐ行くと出口の改札があるから。そこで待っているよ」
スマートフォンから航平の焦った声が流れてくる。安心させるように改札口への道行きを伝えると、笹木は改札の向こう側に視線をこらした。
昨日は五日間ある休みの初日。一日かけて、遠方からの客人を迎え入れようと普段おざなりになっている場所の掃除や客用の布団の準備などに追われた。
(でも、誰かをうちに泊めるなんて初めてだ)
それなりに友人知人はいるのだが、互いの家に泊まり合うような付き合いをしている人はいない。客用の布団も、随分昔に今のマンションに住み始めた頃に用意して以来、一度も使ったことがない。慌てて虫食いなどがないかを確認して、昨日、ベランダに干しておいたのだ。
本当に天気が晴れて良かった。昨日も今日も爽やかな秋晴れだ。きっと長い新幹線の旅も楽しめただろう。
航平は朝早く広島を出立する新幹線に乗ってくる。と言っても軽く四時間は列車移動だ。笹木が腕時計を確認すると時計の針は十二時を指そうとしていた。
ふと、気配を感じて腕時計の文字盤から顔をあげた。目に飛び込んで来たのは改札の向こう側の背の高い航平の姿。大勢の人に紛れていても一目で彼だと分かった。
「航平くん」
小さく名前を呼んで、少し右手を上げた。きょろきょろと辺りを伺っていた航平の視線が自分に留まると、彼はここからでもはっきりと分かるほどの笑顔を見せてくれた。
足早に改札を抜けて急いで笹木の元へと歩んで来る航平の姿は、申し訳ないけれど大きな犬を連想してしまう。目の前に立ち、心持ち声を弾ませた航平が嬉しそうに、
「笹木さんっ、一か月ちょい振り」
(おや? 今日はちょっと浮かれているかな?)
「……ちょい振りだね、航平くん」
言葉じりを真似た笹木の返事に航平は驚いた顔をしたあと、あはは、と笑った。
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