33 / 125

第33話

「長旅で疲れなかったかい? 荷物を持つよ」 「いや、大丈夫です。新幹線ではずうっと寝とったし荷物もこれだけじゃけえ」  航平はちょっと背中を向けて、片方の肩に背負った少し大きめのリュックを笹木に見せた。 「ええっ、寝ていたのかい? 富士山は見られたの?」  富士山を見るにはどちら側の席に座ればいいか、と電話で聞いてきたほどなのに。 「まあ、帰りにちゃんと見られればええけえ」  照れた様子で頭を掻く航平を微笑ましく見上げる。 「ほじゃけど、凄い人ですね。ホームに降りた途端にどっちに行ったらええんか迷うてしもうた。あれだけ笹木さんに教えてもろうたのに」 「確かに馴れないと人波に流されちゃうよね」  行こうか、と笹木が歩き始めると航平も少し遅れてついてきた。忙しなく周囲を見回しては歩みが遅くなり、時折、気がついたように笹木の背中に早足で近寄る。 「お腹空いたよね? どこかに入ろうか。何か食べたい物はある?」 「何でもええです。笹木さんのおすすめのところで」 (さっそく、彼女達からの情報が活かされるときがきたな)  笹木は部下の女性社員達に教えてもらったいくつかの店の名前を思い出しながら、じゃあこっち、と航平に笑いかけた。

ともだちにシェアしよう!