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第34話
「ふぅ、旨かったあ」
航平が満足げに腹の辺りを手のひらでさすった。その前のテーブルにはすっかり空になった大きな皿。東京駅から少し離れた場所にある洋食店で食事を終えて、やっと人心地が着いたところだ。アフターコーヒーが運ばれて来ると目の前の空いた皿を店員が下げていった。
「凄いね。あの量を食べられちゃうんだ」
航平が頼んだのは大盛りのカツカレーだ。笹木はハンバーグとエビフライの定食にした。運ばれてきたカツカレーは想像以上の代物だったが、余程空腹だったのか航平は「いただきます」と律儀に手を合わせて言ったあと、ほぼ無言でガツガツとカツカレーを口に運んでいった。
そのあまりの食べっぷりを感心しながらしばらく眺めて、トンカツが無くなったところで自分のエビフライを航平の皿に乗せたほど気持ちのいい健啖ぶりだった。
「いつもお昼はこれくらい食べるの?」
「そうですね。でも今日は朝飯を食えんかったけえ」
「朝が早かったからかな?」
「いえ、実は今のバイトが深夜から早朝までなんです。今日はちょっと時間が押してしもうて、バイトが終わって広島駅に行ったら発車ギリギリで。売店で何も買えんかったから」
確か先月会ったときには、それまでしていた飲食店のバイトを辞めたと言っていた。
「深夜からってまたファミレス?」
遅い時間帯の労働に少し心配になる。すると航平は、
「今のバイトは花屋なんです。それも短期じゃったけえ、来月一杯で終わる予定です」
(――花屋?)
ホットコーヒーのカップを手に少し首を傾げた笹木に、航平はアイスコーヒーをひとくちストローから吸い上げると、
「花の問屋のバイトです。俺が花を売ってるわけじゃなくて、仲買の人が競り落とした花を市内のフラワーショップの注文に応じて梱包する作業です」
「そうなんだ。それで朝が早いのか」
きっと魚や野菜などの生鮮食品と同じ扱いなのだろう。
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