35 / 125
第35話
「友達に紹介してもろうて始めたんですけど、これが結構な重労働で。バラやサボテンの棘は指に刺さるし、たくさんの鉢植えを運ばにゃいけんし、切り花も束ねるとかなり重いんです。普段、花なんて兄ちゃんに供えるくらいじゃったから侮ってました」
笹木はアイスコーヒーのグラスを掴んだ航平の指先に視線を走らせた。なるほど、確かに治りかけなのか小さく引っ掻いたような傷がいくつか認められる。
「でも航平くんと花なんて、ちょっと意外だな」
「街なかのフラワーショップとかは可愛い女の店員がおるんじゃろうけれど、市場の人達はオッサンばっかりですよ。口も悪いし態度も横柄じゃし。でも皆、気の良い人が多くて、いろんな話も聴けて面白いです」
何かを思い出したのか、航平がくふふと笑って、
「強面のオッサンが真剣に花言葉の由来なんかを教えてくれるんです」
楽しそうに自分の話をする航平の姿に笹木も自然と笑顔になる。現実に目の前に航平が居るのに、ここが広島ではないことに何だか不思議な気持ちになった。
「でも、良くご両親が三日間もひとりで出かけることを許してくださったね」
航平が東京に滞在するのは二泊三日。高校の修学旅行に参加するのでさえ難色を示していた航平の母親からすると物凄いことだ。
「さすがに二十歳も過ぎると、あまりうるさく言われんようなりました。特に今、お袋は裁判のことで頭が一杯じゃけえ」
(結局、あの男と純也のことを訴え出るのか)
少し曇った航平の表情に笹木は余計なことを聞いたと反省した。
「ところで航平くん。東京で行きたいところがあるって言っていたよね? 案内するけれど、どこなのかな?」
話題を変えようと努めて朗らかに言ってみる。すると航平の顔がパッと明るくなった。
「流行りの服とか見たいの? それともスカイツリーとか?」
「それも興味があるんじゃけど、それらは時間が空いたらでええです」
航平は残っていたアイスコーヒーを全て吸い上げると、
「実は今回の目的は二つあって。まずはひとつ目を先に済ませたいんです」
うん、と笹木も相槌を打って冷めたコーヒーを飲み干すと「じゃあ、さっそく行こうか」と伝票を手にして席を立った。
ともだちにシェアしよう!