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第39話

 てっきり、兄に続いて弟にも手をつけたのかと罵られると思っていた。純也の恋人だと自分の身分を明かしたときには、まるで化物のように彼らは笹木を見ていたのだ。 「お袋はまだ納得できんみたいですけど、親父は笹木さんにこう伝えてくれって」  父親に言付かったのだろう。航平は笹木から視線を外して真っ直ぐに前を見つめると、 『息子の最期を看取ってくださって、そして今でも純也を忘れないでいてくれて、ありがとうございます』  航平の台詞に周囲の音が一瞬で消え去る。静まり返った空間に自分の呼吸音がやけに耳に絡みついた。ぎゅうっと胸が締めつけられて呼吸もままならない。 (――どうしよう。航平くんが傍にいるのに泣きそうだ……) 「笹木さん? 大丈夫?」  隣の航平が笹木の異変に気づいたようだ。下に向けた笹木の顔を覗き込むと航平は小さく息を呑んだ。 (だめだ。ここで涙を流すと航平くんが心配する)  ぐっと口を結んだとき、笹木の背中に温かなものがふわりと添えられた。それは何度かあやすように笹木の背中を往き来する。その温もりが航平の大きな手のひらだと判ると余計に涙腺が弛んできてしまう。何とかうつ向いて涙を押し込めると、はっと短く息をついた。 「大丈夫?」  もう一度心配そうに声をかけてきた航平にやっと小さな笑顔を返した。その笹木の顔に航平も優しい笑みで応えてくれる。 (――あ、)  あの新幹線を待つ間、ホームのベンチでも見せてくれた微笑みに笹木の胸は別の意味で一杯になった。  急に恥ずかしさが込み上げてくる。笹木はそれを隠そうと膝の上の大学案内を拡げて文章を追いかけた。でも航平の視線と背中の大きな温もりが気になって、なかなか文字の意味を読み取れない。それでも必死にページをめくっていたら隣の航平がふと、 「……あんなところに花が咲いとる」

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