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第40話

 航平の声に導かれるように顔を上げて彼の視線の先を辿った。そこには芝生に植えられた大きな木の根元に鮮やかな赤い花が幾つか咲いていて、風にそよそよと揺れていた。あれは、 「彼岸花(ひがんばな)だね」 「リコリスじゃ」  ほぼ同時に別の花の名前を口にして、互いの顔を驚きながら見合わせた。しばらくして、 「……あれ、リコリスっていうの?」  先に問いかけた笹木に航平は頷くと、 「和名で彼岸花とか曼殊沙華(まんじゅしゃげ)っていうんじゃって、花問屋のオッサンが教えてくれました」  へぇ、と笹木は感心して、 「てっきり日本の花だと思っていたよ。僕が小さなころは墓の廻りに沢山咲いていた記憶があるなあ」 「リコリスには毒性があるんだそうです。昔は土葬じゃったけえ、死体を漁る鼠なんかを避けるために植えとったって。でも球根はうまく処理したら食えるみたいですよ。飢饉対策に植えられたところもあるって」  毒性があるのに食べられるなんて不思議な花だ。それに複雑で真っ赤な花弁は血の色も想像させる。 「俺の家の近くの河川敷にも野生の彼岸花がこの時期満開になります。お袋は危ないけえ摘んでくるなって言うのに兄ちゃんはあの花が好きじゃったみたいで。遊びに行った帰りに道で俺に、待っとけって言うてはひとりで河原に降りていって、いつも一輪摘みよったです」  深紅の花か。確かに純也には似合っている。 「……でも俺は赤より白のほうが好きかな」 「白い色の彼岸花もあるんだ」 「あんまり見んけど。ちょっと種類は違うけど黄色もあるみたいです」  今のバイト先には余程、花の知識を若い者に披露したい年配者がいるのだろう。

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