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第42話:リコリスの咲く夜空のしたに【平野航平】
ふっと目を醒まして映る景色をぼんやりと見つめる。だんだんと視界がはっきりしてくると、初めて眼にする天井にここが自分の部屋ではないことを思い出した。
航平は、枕元で充電の終わっているスマートフォンの横に置いた腕時計を手繰り寄せて時間を確認した。
(まだ起きるんには早いわ)
それでも目はすっかり冴えてしまい、ここから二度寝をする気にはなれない。むくりとその場に上半身を起こして、がりがりと後頭部を掻く。今、この部屋には航平しかいない。
(まさか笹木さんの家がこんなに広いとは思わんかった……)
昨日はあれから夕食の食材を買って帰ってふたりで料理をするつもりが、ついついいろんなものに興味を惹かれてしまい、笹木と一緒に見て廻るうちに時間も遅くなって結局、デパ地下で惣菜を調達してこの家まで来た。
笹木はひとり暮しだからてっきりワンルームくらいに住んでいるものと思い込んでいたが、川沿いに建つ大きなマンション前にタクシーを停めて、当たり前のように彼がエントランスに入って行ったときには内心けっこう驚いた。
「狭くてごめんね」と通された家はリビングダイニングに二つの部屋があって、ひとりで暮らすには広すぎて逆に不便なんじゃないかな、と思った程だ。
(確かに笹木さんの勤め先は大きな会社じゃけど)
前に貰った名刺に書かれていた会社名をネットで検索したことがある。勤め先は外資系の化粧品メーカーで航平もその会社のメンズラインの整髪料を愛用していた。笹木はそこの宣伝部に所属していて、きっとそれなりに良い収入があるのだろう。確かにここなら純也に一緒に住もうと言える。
(兄ちゃんもこの家に来たんじゃろうか?)
もしそうだとしたなら、そのときは隣の笹木の寝室のベッドでふたり寄り添いながら夜を過ごしたのだろうか。
なぜか少し面白くない。航平は軽く頭を振ると昨夜のことを思い出した。
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