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第47話
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あれは高校を卒業するときだった。航平は卒業式の日に後輩の女の子に「わたしと付き合ってください」と言われた。そのときは突然のことにびっくりしてしまい、咄嗟に明確な理由もなく断ってしまった。
それから大学に入学してそんなに日も経っていないのに、数人の女の子から「好きです」と告白された。全くもって、話しどころか存在すらも知らなかった彼女達から好意を寄せられることに、航平は薄気味悪ささえ感じた。
周りの友人達は「取り敢えず付き合ってみればいいのに」と軽く航平に言ったが、どうしたって彼女達を好きになるわけは無いのに失礼だろうと思った。そしてふと、なぜ自分がこんな思いに至っているのだろうと考えた。
答えはその年の夏に判った。笹木と逢うようになって四回目の夏。
そのときは航平が先に平和公園のベンチで笹木を待っていた。そわそわと辺りに視線を巡らせていると、原爆ドームから渡る橋を炎天下の中、急ぎ足で駆けてくる人物がいた。
前を歩く観光客を追い越して腕時計を見ながら走ってくるその姿は、遠目でも誰なのかすぐに判った。
(ああ、笹木さんじゃ)
あんなに走ると暑いだろうにと航平は自分のスマートフォンで時間を確認した。そういえば、いつもよりも少し遅いかもしれない。でもこれくらいの遅れなんて大したことじゃない。なのに笹木はギラギラと太陽が照りつける中を走って来てくれている。
(俺を待たせると悪いと思うてくれとるんか……)
急に胸が熱くなった。同時にドキドキと心臓の音が耳の奥に響いてくる。航平はいてもたっても居られずにベンチから立ち上がると、緑の木々の中を小走りで近づく笹木のほうへ体ごと視線を向けた。
(――あっ)
笹木の顔がはっきりと見える。少しばつが悪そうにはにかんだ笑顔。心持ち息を調えようと小走りから急ぎ足に変わって、やがて航平の前に息を弾ませながら彼は立ち止まった。
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