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第51話

「……あっ」  不意に笹木の膝から力が抜けた。咄嗟に一歩、足を踏み出したが、バランスを崩したその体はぐらりと倒れそうになり、航平は慌てて笹木に向かって両手を出した。右手は上手く倒れこむ左肩を掴んだが左手は空を游いで、笹木の体は航平の左の胸に押し当てられた。 「だっ、大丈夫ですか!?」  初めて感じる互いの体の近さに航平は驚きのあまり声が上擦ってしまう。笹木は航平の左肩に額をつけるようにして、しばらくじっとしたあと、ふう、と大きく一つ息をついた。 「はは、……ごめんね、航平くん。ちょっと立ち眩み……」  力なく言葉を紡ぐ笹木の重さが左肩にしっくりと馴染んでしまう。頬に彼の髪がさらりと当たって、川面から涼しい風が流れてくる度に甘やかな汗の香りが航平の鼻先を掠めていった。それは吸い込むごとに航平の心臓をばくばくと跳ね上げる。 「――、ちょっと座ったほうが……」  自分のぎこちない声が嫌になる。でも笹木は航平の言葉に、ありがとうと小さく言うと、 「座ってしまうと、また立ち上がるときに大変だから。それに随分治まってきたよ」 「……あの、どっか悪いんですか?」 「いや。ここのところ少し仕事が忙しくてね。それに急に走ったからかな? 日頃の運動不足が祟っているね」  くすりと笹木は笑うと、もう一度大きく呼吸をして航平の肩からゆっくりと頭を離した。 「あの、無理せんとって。まだ寄りかかっとってもええですから」 「もう大丈夫だよ。びっくりさせてしまったね」  離れた笹木の顔をいつもよりも近くで見下ろした。少し顔色は悪いが、それでもその笑顔はいつもの通りに優しい。 「少し寝不足気味でさ、行きの新幹線の中で寝ていたんだけれど」 (忙しい仕事の合間を縫って来てくれたんか……)

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