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第55話
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去年の夏に笹木への想いに気がついてから一年間――。
何度も自問自答を繰り返して、それでも明確な解答は得られなかった。確かに女性には興味が薄い。しかし、恋愛対象として男性を選べるかというと全くもって無理だ。
(結局、笹木さんじゃけえ好きなんよな)
窓のほうに視線を向けるとカーテンの隙間から覗く空が薄く明るくなっているのが分かった。航平は時間を確認したお気に入りの腕時計をそっと元に戻して、布団の上に立ち上がった。
もう一度、うーんと背筋を延ばして窓の近くまで寄ってみる。カーテンと窓を開けると少し冷たい朝の空気が部屋の中へ入り込んできた。
東京の街並みはビルばかりだと思っていた。だけど以外にも緑が多くて下手をすれば広島のほうが殺伐としているような感覚がした。
この部屋の窓からは大きな川の様子が窺える。朝はまだ早いのに、川岸に作られた遊歩道には愛犬と散歩したりジョギングをする人達がちらほらと見えた。
あっちが海かな、と思いながらゆっくりと視線を移していく。遠くに望む河口には、ここと同じようなマンションが朝靄の中を建ち並んでいた。
しばらく澄んだ空気を感じながら風景を眺めていると、ふとあるものが航平の瞳に写り込んできた。
(あんなにいっぱい川土手に咲いとる)
ここからは少し遠くてはっきりとはしない。その様子を確かめようと航平がさらに眼を凝らしたとき、隣の部屋から微かな音が聴こえてきた。航平は川岸の風景から目を離すと、隣の物音に意識を集中させた。壁を抜けて小さく聴こえていた音は、やがてカチャリとドアを開ける音になった。
(笹木さん起きたんじゃ)
ぱたぱたと笹木が履いているスリッパの足音に航平の胸がじわりと暖かくなる。笹木を思い浮かべるだけで、こんなにもドキドキする。
(やっぱり俺は笹木さんが好きじゃ)
どうにかして彼にこの気持ちをわかってもらいたい。だが、その前に――。
航平は窓を閉めると、素早く着替えを済ませて部屋から出ていった。
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