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第56話

*** 「ここが最後に純也と会ったホテルだよ」  消え入りそうな笹木の声に航平は大きく頷いた。目の前には高くそびえるビルのエントランスがある。本当にこの街の建物はどれも天高く伸びていて、見上げる首が痛くなった。  こんなに綺麗なホテルだったのかと口には出さなかったが、航平は心のなかで驚きの声をあげていた。てっきり、ふたりである目的のために逢うのだから、純也が倒れたのはそういったホテルだったのだろうと漠然と思っていたからだ。そんな航平の物言わぬ声が聴こえたのか、 「いつもこんなにいいところに来ていたわけじゃないんだ。あの日は僕が遅くまで仕事をしていて、純也に急に呼び出されたから。近場のどこでも良いから部屋を取れって、純也は上機嫌で言っていたな」  見た目に反してハッキリと物を言う兄と優しい笹木の力関係が垣間見える。きっと兄のわがままを笹木は柔らかく受け入れていたのだろう。 「ここは僕の職場に近いから利用したことがなかったんだよ。だけど純也はとにかく早く会いたいって」  ふうん、と返事をしながらも航平の心はじくじくと痛んだ。自分から言い出したこととはいえ、実際に笹木と純也の過ごした軌跡を追うのはさすがに気分がいいものではない。もう、この世界にはいない兄に対して煮え切らない感情が沸々と湧き出てくるのだ。 「どうする? 中に入ってみるかい?」  そう聞かれて航平は考え込む。実際の部屋にまで入ろうという気は無かったのだが……。  航平が笹木に返事をしようとしたときだった。 「あっ、笹木課長!」  急に甲高く名前を呼ばれて、笹木と航平は同時に声のした方へ振り返る。そこにはひとりの若い女性が大きな封筒と財布を持って立っていた。 「せっかくのお休みを取られたのに会社の近くに来られるなんて」  彼女は笑いながらこちらに近寄ってきて、笹木の隣の航平に気がつくと、 「課長、こちらのかたが遠い親戚の?」  曖昧に頷く笹木の横で航平は、こんにちは、と彼女に挨拶をした。

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