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第60話

*** 「あらあら、まあまあッ!」  ブルームーンという名の店のドアを開けた途端、間接照明の柔らかな灯りの店の中から高く野太い歓声があがった。先に店の中に体を入れた笹木の背中に引っ付くように航平も足を踏み入れる。その笹木に向かって、 「お盆振りじゃない、笹木さん。こんなにすぐにいらっしゃるなんて、ここ最近は珍しいわあ」 「元気そうだね、ラン子ママ」  笹木の挨拶に航平はこの声の主が件のママなのかと、笹木の肩越しから少し首を延ばして前に視線を向けた。 (派手なおばちゃんじゃな)  小肥りの体をピッチリとしたタイトスカートとヒョウ柄の薄手のニットで包んだ女の人は、ベリーショートの茶色い髪と真っ青な瞼に長いつけまつ毛、そして真っ赤な唇をしていた。  彼女の姿を笹木の背後から確認した航平がそのまま店内に眼を向けようとしたとき、ばちんとラン子ママと呼ばれた女の人と目が合った。彼女は航平を見て大きく目を見開くと、 「あらあらあら、まあまあまあッ!!」  女の人は笹木を押し退けて前にずいっと出てくると、思わず体を小さくした航平を至近距離から見上げて、 「笹木さんっ、どうしたのよ。とてもカッコいい子じゃないのお」  まるでそのまま抱きしめられそうで、航平は咄嗟に顎を引いて肩を竦める。その航平の両方の二の腕を女の人は遠慮なく、ガシッと掴んだ。 「ああ良いわあ、このガッシリとした肩幅。上腕二頭筋なんて張りがあっていつまでも触っていたいわ。それになによ、お肌もピチピチじゃない? お顔も凛々しく整っていてワタシの好みど真ん中よっ。この辺りじゃ見かけない子ね。笹木さんとはどういう関係なのかしら? アッ、もしかして、今の笹木さんの好い人ってこの子なのッ!?」  一気にまくし立てられて航平はその言葉の一編も拾うことができない。呆然と立つ航平の右腕に、あろうことかその女の人は両腕を絡めるとムニュッと豊満な体を押しつけてきた。

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