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第61話
きつく匂った甘ったるい香水に、ハッと航平は我に返ると、
「あ……、あのすみません。手え、離して……」
「いやだあ。この子、声も凄くいいわあ。ワタシ、ゾクゾクしちゃった」
余計に絡みつかれて航平は助けを求めるように笹木の顔を見た。笹木も苦笑いで「ラン子ママ、もういいでしょう?」とママを諌めてはくれるが女の人は一向に離れる気配がない。すると、店のカウンターの奥から、
「いい加減にしてくださいよ、ママ。うちは静かな隠れ家的ゲイバーがコンセプトなのに、オーナーがその雰囲気を壊してどうするんですか。騒ぐのは銀座の店のほうでしてください」
ぴしゃりと言ったのはカウンターの中に立つバーテンダーだ。まったくタクミは小姑みたいね、と言いながら、ラン子ママは渋々と押しつけていた体を離してくれた。
(ゲイバー?)
航平はホッと一息つきながら店の中をぐるりと見渡した。なるほど、確かに店のテーブルに座る客はみんな男性ばかりでラン子ママのはしゃぎっぷりを笑って眺めたあとは、それぞれに自分達の会話を続けている。
向かい合って座っている者もいれば、隣同士、肩を寄せ囁き合う姿に航平は艶めいた雰囲気を感じて、見てはいけないものを見たような気分になってしまった。
「笹木さん。今、テーブル席はいっぱいなんです」
爽やかな声のバーテンダーに、
「いいよ。カウンターのほうが都合がいい」
笹木は航平を案内するとバーテンダーの前のスツールを勧めた。航平は右腕にママを引っ付けたまま、勧められた椅子に腰かけた。
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