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第64話
「ここは会話とお酒をゆっくりと楽しむ空間を提供しているお店なの。だからああやってカップルで来店されるかたが多いのよ」
航平はちらりと隣の笹木の様子を盗み見る。彼は何かを思い出しているのか、静かに笑みを湛えてグラスを傾けていた。
(でも、なんか寂しそうじゃ)
きっと純也が居なくなってからは、笹木はひとりきりで純也を思い出しながらこのカウンターに座っていたのだろう。
笹木の様子を気にしていると、不意に何かに気がついたように笹木がスマートフォンを取り出した。画面を確認して急に席を立つと一旦、店の外へと出てしまう。途端に心細さが募ったが、ラン子ママが機転を効かせていろいろと話しかけてくれた。
しばらくしてスマートフォンを握りしめたままで笹木は戻ってきた。彼の後ろからは、また客がひとり来店した。
「航平くん、すまないけれど少し仕事でトラブルがあったようなんだ。ちょっと電話が長引きそうだから、ここで待っていてくれるかい?」
「あら、大丈夫よお、笹木さん。ワタシがカワイイコのお相手をしてあげるから」
ラン子ママが長いまつ毛でバチンと航平にウインクをする。
「そうだわ。タクミ、上のあなたの部屋を笹木さんに貸してあげて。お店の外じゃお話するのも大変でしょうから」
いやそれは、と恐縮する笹木にタクミがポケットから部屋の鍵を取り出して、
「もともと、ここの事務所を寮がわりに使わせてもらっているんで遠慮しないでください」
笹木はタクミに礼を良いながら鍵を受け取った。
「でも早く帰ってこないと航平くんはワタシがもらっちゃうわよー」
航平に引っ付いてはしゃいで言ったラン子ママに笹木は小さな笑いを浮かべると、急ぎ足で扉の外へと出ていった。
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