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第65話
「笹木さんたら、よっぽど大切みたいねえ。航平くんのこと」
笹木の背中を見送って、フフッと面白そうに笑うラン子ママの顔を航平は不思議そうに眺めた。それに気がついたママは、あら? と首を傾げて、
「気がついてなかったの? 笹木さん、さっきのワタシの軽口にものすごぉく嫌そうな顔をしていたのよ?」
「そうですか?」
「そおよう。それに広島からの帰りにここに来ては、いつもあなたの話を嬉しそうに聞かせてくれるのよ」
それは初耳だ。
「今年は変わったもみじ饅頭をおみやげにくれてね。『ジュンヤの弟はますます良い男になった』って」
一気に顔が熱くなる。耳の縁まで赤く染まっているのが自分でも分かった。航平は照れ隠しにグラスのビールを勢いよく飲み干した。
そんな航平の慌てた様子にラン子ママは眼を細めてニヤニヤと笑って、
「毎年、あなたに会いに行くのがとても楽しみになんだって言っていたわよ」
(笹木さんが俺に?)
何かを秘めたような含み笑いのラン子ママの赤い唇を、航平はアルコールで熱を持った瞳でぼんやりと見つめた。
(だって笹木さんは兄ちゃんに……)
「航平くん、何か作ってあげようか?」
タクミが声をかけてくれて航平はひとつ頷いた。しばらくして出てきた華奢なグラスには、青い海の色をしたカクテルが入っていた。
「ブルームーン。この店と同じ名前のタクミのオリジナルよ。そんなに甘くなくてすっきりとした口当たりなの」
確かに添えられたレモンが三日月のようだ。ひとくち、口に含むとピリッとした刺激の中にもふわりと爽やかな甘い香りが鼻腔を抜けた。
「……笹木さんは俺が兄ちゃんの弟じゃけえ、ようしてくれるんじゃと思ってました」
透き通る青色を見つめて言った航平の言葉にラン子ママは隣で優しく頷いて、
「そうね。最初は確かにそうだったのかもしれないけれど、でも、笹木さんはあなたに会って随分助けられたのよ」
えっ、と航平が聞き返すのと同時にタクミが、
「ママ、銀座のほうから電話です。なんだか急いでいるみたいです」
ちょっと待っててね、とラン子ママが席を離れて、タクミも奥のカウンターのカップルの相手をし始めた。
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