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第66話

(笹木さんは、もしかしたら兄ちゃんじゃなくて俺に会いに来てくれよったんか?)  そんな都合の良い思いが頭をもたげてくる。確かに仕事に忙しそうな笹木を見ていると、純也の墓参りが終わったら、さっさと東京に戻るほうがいいだろう。  でも、いつも笹木は最終の新幹線の時間まで航平の隣にいてくれた。航平の悩みや憤りや苦しみを優しい笑顔で聞いてくれて、ゆったりと受け止めてくれた。 (それは俺が亡くした恋人の弟だから)  どこかで航平はそうやって無理矢理に自分の笹木への想いを押し込めていた。  考え事をしながら鮮やかなカクテルにもう一度唇を寄せたときだった。 「やあ、初めて見る顔だな」  後ろから声をかけられるのと同時に、何かがすぅとうなじを撫でた。ぞわりと肩を震わせて急に近くに感じた人の気配に驚きの視線を投げかける。さっきまでラン子ママが座っていたスツールに、今は知らない男がカウンターに軽く肘をついて座っている。 「……へぇ、結構若かったんだ。ちょっと落ち着いて見えたからさ、タメか年上くらいかなって勝手に思ってた」  にこりと笑う男は確か、笹木が電話を取るために一旦店から出て戻ってきたときに一緒に後ろから入ってきた客だ。男は航平の頭から胸、足先へと視線を動かすと、また眼を合わせて口角を引き上げた。 (なんや、薄気味悪い感じじゃな)  男の顔は、ぱっと見て純也と同じ部類に入るだろう。その色の白さは少し病的な雰囲気もあるが、眉を細く整えて、その下の一重の眼はほろ酔いもあるのかほんのりと目尻が染まって妖艶ささえ感じる。鼻筋も唇も薄い印象で、全体的に神経質そうな線の細さを感じた。  少し長めの茶色の髪から覗く耳にはいくつものピアスがつけられている。尖った顎から続く首筋も細くて、襟の大きく開いたカットソーから覗く胸元は鎖骨がくっきりと浮かんでいた。  確かに華奢で綺麗な人ではあるけれど、なぜか航平は男の視線がねっとりと絡みついてくるようで気持ち悪くて仕方が無かった。

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