72 / 125

第72話

 呆れた口調のママの言葉に明らかにリョウの瞳がギラリと険しくなった。バンッと両手をカウンターについて立ち上がると、やおら航平の右腕を掴んで、 「さぁ行くぞ。俺が抱かせてやるって言ってんだ。ジュンヤの弟がどんなもんなのか、確かめてやろうじゃないか」  咄嗟に振りほどこうとしたが細腕の割にリョウの力は強かった。 「離してください、リョウさん。俺はそんな気にはならんし、あんたとはごめんじゃ」 「うるせえよッ。お前、どうせ童貞だろうが。俺が筆下ろししてやるってんだ。つべこべ言わずに黙って来やがれッ」  航平の拒否にリョウの顔がみるみる怒りに染まった。まるで般若の面のような表情に、こいつのほうがヤバいクスリでもやっているんじゃないかと思ってしまう。  今にも航平に掴みかからんとするリョウを止めるために、タクミがカウンターから出てくるのと同時に店の重厚なドアが開いて笹木が入ってきた。  笹木は店のなかの騒ぎに驚いて、そしてその中心に航平がいることを認めると慌てて航平達に近寄ってきた。 「航平くん! いったい何が……」 「はっ! やっと来やがったか、智秋ッ」  鋭く名前を叫ばれて笹木の足が一瞬止まった。そして、その声の主を認めると「リョウ……」と小さく呟いた。  リョウはタクミに腕を取られながらも、航平を庇うように寄り添った笹木の姿を燃える目で睨みつけた。 「智秋、どんだけジュンヤに囚われてんの? もう死んだ奴なんか忘れろって言ったよな? ジュンヤのあとを追いそうだったあんたを慰めてやったのは俺だろ?」  細かな唾を飛ばして笹木を激しく問い詰めるリョウの言葉は、航平の胸に深く突き刺さった。 (兄ちゃんのあとを追うって……、笹木さんが?)

ともだちにシェアしよう!