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第76話

 下卑た男の嗤いに航平は「大丈夫です」としか言えなかった。男はもう一度、ラン子ママに去り際の挨拶をすると、 「リョウ。てめえ、わかってんだろうな? 仕事が終わったら仕置きだ。それから今夜の客は前にお前を可愛がってくれたお人だ。今度は要求されたことを泣いて嫌がるなよ」  もうリョウの叫びは意味を捉えられなかった。男に抱えられ、放心状態で引き摺られながら店を出ていくリョウは枯らした声で小さく「助けて」と繰り返していた。 ***  静寂が戻った店には物悲しいスキャットが流れていた。騒ぎを見守っていた他の客も少しずつ自分達の空気を取り戻して、航平も怪我の具合を心配する笹木の隣に座らされた。 「はい、これで良いわ。本当に痛かったでしょう?」  ラン子ママが救急箱の蓋を閉じながら、航平の左頬に貼られた大きめの絆創膏を痛々しく見つめた。 「いえ。これくらいのケガ、大したことないし平気です」  落ち着いたところでタクミが新しいドリンクを出してくれた。急に渇きを覚えて、航平はそのアルコールを喉の奥に流した。 「ママ、さっきの男は……」  笹木もグラスの酒をひとくち飲んだあと、ラン子ママに聞いている。ラン子ママは苦い顔をすると、 「あの男はね、ヤクザよ。どうやらリョウの噂は本当のようね」  噂、と聞き返した笹木に今度はタクミが、 「リョウがクスリをやっていて借金が嵩んでいるって噂です。きっと金を返済するために、またウリをやらされているんでしょう」 「それもかなりヤバいやつをね。あの嫌がりようだと相当なSっ気の客の相手をさせられているんでしょうね」

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