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第77話

 沈痛な面持ちの笹木の顔と驚いた表情の航平の顔をラン子ママは交互に見つめると、 「でもね、こんな話はこの街じゃ珍しいことではないの。すべてはリョウ本人の招いたことよ。一度はウリを辞めて、まともな生活を送ろうとしていたのだからね。笹木さんが責任を感じることもないし、ましてや航平くんが何とか出来る事案じゃないわ」  ふたりの考えていることがラン子ママには判ったのだろう。先回りをして釘を刺された航平は、それでもあのリョウの病的に震えていた姿が忘れられなかった。 (笹木さんやママさん達に逢わんかったら、兄ちゃんだってあいつと同じ立場になっとったかもしれん……) 「さてと、航平くん。これで少しはお兄さんのこの街での生活振りがわかったかしら?」  気分を切り替えようと朗らかに聞いてくるラン子ママに航平は神妙に頷く。 「いろいろと聞かせてもろうたけれど、ひとつ判ったのは、やっぱり俺の兄はひとりだったと言うことです。ママさんやタクミさんの教えてくれた兄とリョウさんが言っとった兄の姿は全然違う。それは笹木さんの記憶に残っとる兄とも違います。じゃけど、どんな姿でも俺にとっては格好よくて礼儀に厳しい、とても優しい兄ちゃんだったということを再認識しました」  ありがとうございました、と頭を下げた航平を笹木が優しい眼差しで見つめている。そんな並んで座るふたりにラン子ママは目を細めて笑うと、 「他に知りたかったこともわかったのかしら?」  笹木はラン子ママの問いかけに小さく首を傾げたが、航平は、はい、と大きく返事をした。その航平の晴れやかな顔にラン子ママは満足げに頷くと、 「それじゃ、また飲みなおしましょう! 航平くんはいつまで東京に居るの?」  何気なく聞かれた言葉に航平は急に現実に戻された気がした。そうだ、もう時間がない。

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