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第89話
「それに君と僕とでは十七も歳が離れている。こんなおじさんに無理して付き合うことはないんだ。この前のような可愛い女の子が君にはお似合いじゃないか。もっと同年代の異性と交流を持ったほうがいい。一時 の勘違いで貴重な青春時代を無駄に……」
「笹木さんっ」
航平が笹木の言葉を厳しい口調で遮った。その怒気を孕んだ声が笹木の喉を締めつける。
「笹木さんの言うとることはただの世間体じゃ。そんなの俺だっていっぱい考えたよ、自分のこの想いが何なんか。だから俺はここに来た。笹木さん、俺が東京に来た一番の目的はね、自分のこの想いが本物かどうかを認識するためじゃったんです」
笹木はゆるゆると航平に視線を合わせた。
「笹木さんと兄ちゃんが過ごした街を辿って、どれだけふたりの絆が深かったか確かめて……。それでも俺の気持ちが萎えることなく変わらんかったら俺は笹木さんに告白しようって」
(そんな覚悟を持って彼はここにやってきたのか……)
笹木の胸が激しく波打つ。それを悟られたくなくて下を向くと、二人の足元に咲く白いリコリスの花が目に入ってきた。細い花弁を目一杯に広げ、周りの真紅に負けないように咲くこの花のようになりたいと航平は言った。
――想うのはあなたひとり。
あなただけ。あなただけが好き。あなただけを愛している……。
「笹木さん。俺は笹木さんの気持ちが知りたい。物分りのいい大人の意見じゃなくて、年上とか世間体とかそんなん全部とっぱらった本当の気持ちが。……笹木さんは俺のこと、どう思っとるんですか?」
真っ直ぐな瞳は笹木を捕らえて離さない。思ってもいない上辺だけ取り繕った言葉を延々と並べても、きっと航平には見破られてしまうだろう。
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