92 / 125
第92話
***
赤く咲き乱れていたリコリスの川原をあとにして、暗い月明かりの下をふたり並んで家まで向かう。途中、航平は何度か触れ合った笹木の左手を戸惑いがちに握ると、誰も行く人のいない川沿いの遊歩道を遠く望んで歩いた。隣の笹木もその手を離すことなく、同じように前を見つめていた。
マンションの笹木の家のドアが閉まるなり、航平は笹木を正面からきつく抱きしめた。そのまま備えつけのシューズクローゼットの扉に背中を押しつけられて、唇を重ねられる。赤い花の中心で交わしたキスと同じぎこちないそれは、今度は沸き立つ熱を堪えきれないように笹木の唇を食んだ。笹木は薄く唇を開けて航平を受け入れようとしたが彼は唇ばかりを押しつけてくるだけだった。
(こんなキスは初めてなのか……)
笹木のほうから開いた唇の隙間から舌を出して航平の下唇を舐めた。一瞬、航平は驚いたように顔を引いたが、すぐに大きく唇を開くと笹木の口の中へ自分の舌を差し込んできた。
勢いばかりで口の中を動き回る航平の舌を笹木はやんわりと包み込んだ。溢れ出す互いの唾液の音がまだ照明も点けていない玄関先に響き始めた頃には、航平のキスはその情熱を上手く表現出来るようになっていた。
「……ん、」
息継ぎと同時に小さく声を洩らすと航平はやっと唇を解放してくれた。でも、まだ天井まで続くクローゼットの扉に笹木の背中を押しつけたまま、粗い吐息を耳元に落として航平は何度も笹木に頬を擦り寄せた。
「笹木さん……」
いつまで経っても冷めない熱に浮かされるように航平が笹木の名前を呼ぶ。深く鼓膜を響かせる音が背筋を走り抜けて、思わず膝の力が抜けそうになった。
「笹木さん、あの……。こういうとき兄ちゃんはどうしとったの……?」
「こういうとき?」
うん、と篭った声で返事をした航平が、ぐっと腰を押しつけてくる。
(これは……)
ともだちにシェアしよう!