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第94話

「笹木さんはネコじゃって……。ほんと?」  なぜそんなことを航平が知っているのだろう。笹木の驚きが伝わったのか、 「さっきラン子ママのところで、あのリョウって人が言うとったんです。笹木さんがネコじゃから兄ちゃんに横取りされたって」  笹木は、ふぅと微かに息をつくと廊下の灯りを点けて室内へと入っていった。航平も慌てて靴を脱ぐと笹木のあとを追いかけてリビングへと足を進めた。  リビングの間接照明を薄く灯して、笹木は腕時計を外しながら、 「確かにリョウもそうだからね。ところで航平くんは意味を知っているの?」  航平は神妙に頷くと、ネットで調べた、と言った。 「リョウのようなボーイを頼む客はみんな、彼らを抱きたいのだろうけれどね。何故か、純也には僕自身も認識していなかった嗜好を言い当てられたんだ。『笹木さんは男を抱くよりも抱かれたい人ですよね』って」  初めて純也を抱いたあとに指摘されたことだ。狼狽えた笹木に向かって純也は『今度、興味があるのなら俺があなたを抱いてあげます』と言い切った。そのときは不思議なことを言うボーイだと思っていたが、日に日に彼の言葉が頭から離れなくなって、それから純也を指名するようになった。 「兄ちゃんはこの家にも泊まりに来たんですか?」 「いや、来たことは無いよ。いつもホテルで会っていたから」  きっと純也はここに来ることが怖かったのだろう。この家に足を踏み入れてしまえば、後戻りはできないと思っていたに違いない。だから、笹木と一緒に住むことを決めた彼の覚悟は相当のものだったはずだ。

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