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第96話※

***  先にシャワーを浴びた航平が待つ寝室の扉を開く。見慣れているベッドの上に彼が上半身裸のままで腰をかけて待っていた。いつもはひとりで過ごすこの部屋に他人の息づかいがするだけで、見知らぬ空間に迷い込んだようだ。 「寒くない?」  問いかけた笹木に航平は黙って頷く。彼の体には薄く緊張が膜を張っている。その膜はきっと触れると火傷するほどに熱いのだろう。それがこれからふたりで行う行為への期待と不安であることに、笹木は航平と抱きあう決心がまた揺らいでしまった。 (――今夜だけ)  今夜だけ彼を受け入れよう。彼の情熱に身を焦がし、そして彼が満足して眠るまで。  明日、彼を駅で見送ったら彼の前から姿を消そう。場合によっては今の生活を手放しても構わない。そうすることで彼が自分を忘れて真っ当な人生を送ることが出来るのなら、それが彼に救われた自分がしてあげられる最後のことだ……。 「ごめんね、待たせて。……いろいろとね、準備が必要なんだ」  準備、と航平が小さく呟いた。もしかしたらすでにどこかで知識は得ているのだろうか。笹木は部屋の灯りを小さく落とすと、手に持っていたボトルをベッド脇のテーブルに置いて航平の前に立った。 「あれはね、これから使うんだよ。……女性みたいに濡れたりしないから」  航平の視線の先のものの説明をする。艶めいた響きも何もない笹木の態度を気にすることもなく、航平は笹木の手を取った。笹木も残った手のひらを航平の頬に添えると、ゆっくりと顔を近づけて航平の唇に自分の唇を重ねた。

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