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第109話

「いつもふたりで朝顔灯篭供えてくれて、ありがとうな。煙草と赤ワインのチョイスも本当に智秋らしいわ」  ――兄ちゃん、夏の墓参りのこと、わかっとったんじゃ。  鼻の奥が刺激される。じわりと潤み始めた角膜の表面の兄の姿が滲んでしまう。航平は拳で涙を拭うと下唇を噛んで、兄の姿を強く網膜に写した。 「お前、成長しても泣き虫なんは変わらんな」  ちょっと皮肉を孕んだ物言いは懐かしい兄のものだ。愉しそうに笑った兄はその表情を柔らかく綻ばせたまま、言葉を続けた。 「お前や父さんや母さんに心配かけて本当にごめん。まさか俺もあれで終わるとは思わんかった。けど、今はもう大丈夫。心残りは無くなったから、やっと逝けるよ」  ――心残り? 心残りってなん? 「まぁ、完璧に無くなった訳じゃないけれどな。一番心残りだった智秋が落ち着いてくれたから、もういいかなって」  ――笹木さん? 「航平、智秋はええ年の大人じゃけど物凄い寂しがり屋なんよ。俺も含めて、智秋が愛した人達は智秋を残して逝ってしもうた。それが悲しいのに変に大人ぶっとるから悲しいって周りに言えん奴なの」  ――悲しい思い出ばかりなんか……。 「でも、もうお前がいる。年下だし、その図体ならちょっとやそっとじゃ死なんじゃろ? だから智秋はお前に任せて俺はお役御免だよ」  ――そんな……。兄ちゃん、また()らんようになるんか……? 「あのなあ。いい加減、俺も生まれ変わる準備をしないといけないの。もう五年も遅れとるんで? 今度はさ、超絶グラマーな美女に生まれ変わって、どっかのセレブに見初められて贅沢三昧って人生を送りたいな」

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