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第110話

 ――なに言うとるん。今でも兄ちゃんは十分に魅力的じゃ。 「弟のお前が言うか。ま、こっちはこれからも気楽にやるからさ。お前達も時々、俺を思い出してくれたらそれで良いよ」  じゃあな、と言うと純也は右手を高く振り上げた。また強い風が吹き始めて赤い花びらを散らしていく。兄ちゃん、と大きく口をあけた航平の声が聞こえたのか、乱れ舞う花の向こうで純也は満面の笑みを浮かべた。 「っ! 兄ちゃん! 赤い彼岸花が好きじゃった本当の理由は(なん)なんじゃ!?」  やっと出た言葉に花びらで認識出来なくなった純也が大声で笑うと、 「最後の質問がそれか? 航平らしいわ。それはな、ただ単に赤い花が綺麗だったからだよ」  ビタリと吹き荒んでいた風が凪いだ。途端に航平は眩しい光に晒されて目を細める。急に夜から朝に変わったように周囲が明るくなって、今まで赤かったリコリスの花びらが全て真っ白に変わっていた。 「智秋をよろしくな、航平。ふたりで幸せになるんだぞ」  光に溶けていく純也に向かって航平は声の限りに兄の名前を叫んだ。やがて風が去った草原には、一面の白いリコリスだけがどこまでも咲き続いていた。

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