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第111話

*** 「航平くん」  柔らかく名前を呼ばれて閉じていた瞼を開けた。目尻から温かな雫があふれ出て、こめかみを濡らすのが感じられる。滲んだ視線の先に写るのは懐かしい兄の姿ではなく、心配そうに自分を見つめる笹木の顔だった。 「大丈夫? 少しうなされていたけれど」 (――ああ、夢じゃったんか……)  航平は右手の甲で瞼をひと拭いすると、ゆっくりとベッドから体を起こした。ベッドの脇に立つ笹木はもう服を着ている。昨夜、笹木と睦みあったのも夢なのかと思ったが、自分がまだ裸なのがわかって少し安心した。 「恐い夢でも見ちゃった?」  笑みを溢す笹木に手を伸ばして右の手首を掴むとゆっくりと引き寄せる。ベッドの端に片膝を預けた笹木の腰に両腕を廻して、ぎゅっと柔らかな腹に頭を押し当てた。  航平くん、と戸惑ったように笹木は名前を呼んだが、すぐに温かな手のひらが航平の髪を撫でてくれた。しばらく優しい感触に浸ったあと、 「夢の中で兄ちゃんに会いました。こんなの初めてです……」  一瞬、手の動きが止まって、そう、と返事があると、また笹木の指が短い髪を梳き始める。 「兄ちゃん、最後に見たままの姿でした。俺や両親に対して、すまなかったって……」  そこまで言うと航平は瞼を閉じて笹木から伝わる体温に身を委ねた。笹木が息をするたびに少しだけ動くシャツ越しの肌の感触が心地いい。軽く頭を抱えられて髪を撫でられることが、こんなにも気持ちがいいなんて思ったのは初めてだった。

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