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第114話
「……いつもはね、何も持ってこないんだ。しょっちゅう来られる訳では無いし、僕以外にここに来る人は限られているから」
だから線香の灰も枯れた花も無かったのかと航平は納得した。
「あの……、ここに眠っとる人はもしかして笹木さんのご両親ですか?」
側面に名前が掘ってあった年配の男女。笹木はひとつ頷くと、
「僕が十五の頃にね、病気で父が亡くなって、あとを追うように母も。僕は父方の祖父母に育てられたんだ」
十五というと航平が笹木に初めて会ったときと同じ年齢だ。航平が兄を亡くしたのと同じ少年のころに笹木は両親を亡くしていたのだ。その哀しみを思うと航平は胸が締めつけられた。
「その祖父母ももう亡くなって、ここでは無いところに墓はあるんだよ」
航平は小さく頷きながら隣の笹木の言葉を聞いていたが、
「じゃあ、この横の女性と小さな女の子は?」
以前、兄弟姉妹はいないと聞いたことがある。やはり親戚の誰かか……。
「……それは僕の妻と娘の名前だよ」
瞬間、その言葉が航平の耳から溢れ落ちた。それらを何とか拾おうと、えっ? ともう一度聞き返す。笹木は同じ台詞をゆっくりと囁くように繰り返した。
「笹木さん……。結婚、しとったの?」
「うん。もう随分前のことだ」
笹木はてっきり女性には興味が無いのだと思っていた。きっと不思議そうな顔をしていたのだろう。笹木は航平へ顔を向けると、
「妻が亡くなったあとからなんだ。自分が同性に好意を持てる人間だって判ったのは」
「……奥さんと娘さんはどうして?」
思わず口をついた疑問に後悔する。それでもばつの悪そうな航平に笹木は嫌がることなく答えてくれた。
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