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第116話
今の笹木の微笑みには生きることを諦めていた悲壮感は無い。それはまるで遠い思い出のように……。懐かしささえ醸し出して笹木は語った。
笹木は航平に向き合うと改まって小さく咳払いをした。そして少し上向いて航平へと視線を合わせると、
「昨夜は途中で遮られちゃったから今度は最後まで聞いて欲しい。航平くん。僕は君のことが好きだよ。初めて逢ったあの夏の日から……、君が大好きだ」
にこりと笑いかけてくれるその笑顔。自分のほうこそ、夏の数時間しか逢えない貴方にどれだけ癒され励まされたことか――。
それを目の前の彼に伝えたいのに、口を開くと泣きそうで航平はグッと下唇を噛んだ。代わりに航平は笹木の愛した人達が眠る墓の前に一歩踏み出して背筋を伸ばすと、深く頭を下げた。突然の行動に笹木に名前を呼ばれたが、航平は頭を下げたまま大きく深呼吸をしたあと、
「俺は平野航平と言います! これからずっと笹木さんの傍に、智秋さんが寂しゅうないように隣にいることを許してください。ずっと一緒におるから……。絶対、幸せになりますっ!」
――ふたりで幸せになるんだぞ。
純也の声が航平の脳裏を巡る。
今こそ約束しよう。これからどんなことがあったって、俺達は絶対に幸せになるんだ――。
頭を下げる航平の背中に笹木の手が添えられた。ゆっくりと上体を戻すころには背中を笹木の体の温もりが覆って、やがて小さく「……ありがとう」と震えた声が耳に届いた。
後ろから前へと廻された愛しい人の両の手を自分の大きな手のひらで包み込んで、航平はいつまでも握りしめた。
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