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第117話

***  夜の東京駅――。  十九時五十分東京発、広島行の最終の新幹線がホームに停まっている。最終列車を利用する人々はすでに車両の中へ乗り込んで、それぞれに出発の時刻を待っていた。  ホームにはこの駅に発着する列車の場内アナウンスとベルの音が流れてくる。そんな騒音の中で航平と笹木は、ベンチに座って航平が乗り込む新幹線の車体を眺めていた。  あのあと、航平と笹木は都内に戻ると新しい想い出を紡ぐように街中を歩いた。長い順番待ちの末にスカイツリーの展望台からこの大都会を見渡し、航平が「一度食べてみたかった」という月島もんじゃの店で舌鼓を打ち、渋谷を案内していたら案の定、幾人かの芸能事務所のスカウトが航平に声をかけてきて慌ててそれを躱した。  航平と笹木は笑いながら東京の街をそぞろ歩いた。そして今は、ふたりで並んで新幹線のホームのベンチに座っている。 「……君はいつもこんな気持ちだったんだね」  隣の笹木の小さな声に航平は耳をすませた。笹木は航平に寂しげに笑いかけると、 「ほら、君を見送るのは初めてだから。とても不安で切なくて……、そして離れがたいよ」  今の心境を隠さずに吐露する笹木の右手を、航平はやんわりと左手で繋いだ。繋いだ手から笹木の緊張が流れてくると、 「大丈夫。誰も見とらんし、気にもせんよ」  航平の落ち着いた声に笹木は安らぎを感じる。その安堵した顔を見て航平は優しく笑うと、 「俺も見送られるんは初めてじゃけえ、なんか変な気持ち」  ふたりして肩を寄せ、くすくすと笑い合う。そして、 「絶対に東京に()にゃあいけんね。だって住むところもバイトも先に決めてしもうたし」 「……住むところは僕の家のあの部屋でいいけれど、バイトって?」 「バイトはラン子ママさんのところ。タクミさんと一緒に仕事をしたら俺も早よう標準語が話せるようになるかもしれんし」 「……航平くん、そんなことを気にしていたの? 僕は航平くんの広島弁、大好きだよ?」  笹木の真面目な返答に航平は大きく目を見開く。そして今度は声を上げてふたりで笑った。そのとき、最終の新幹線の発車を告げるアナウンスがホームに流れた。

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