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第121話
「誕生日おめでとう、智秋さん」
一瞬、笹木は動きを止めると、あっ、と大きく声を上げて、
「君の帰国日ばかりに気を取られていたから、今日が自分の誕生日だってことをすっかり忘れてた。ありがとう、航平。今年も見事な白いリコリスの花束だね」
白い大きな花束に驚きながらも喜ぶ笹木の姿に長旅の疲れが吹っ飛んだ。
「アメリカを出る前にいつもの花屋に注文しておいたんだ。年に一度なのにリコリスだけの花束なんて頼むの俺くらいだから『そろそろだと思ってご注文お待ちしていました』って」
ははっ、と笹木は胸に真っ白な花束を抱えたままで笑った。その笑顔にある見慣れないものにやっと航平は気づいて、
「智秋さん、どうしたの? その眼鏡」
航平に指摘されて笹木は恥ずかしそうにはにかんだ。
「……ちょっと最近見えにくくなってきたからね。いよいよ僕も老眼鏡デビューだよ」
ふうん、と返事をして航平がじっと眼鏡をかけた笹木の顔を眺めた。あまりにも見つめられて、ますます恥ずかしくなってしまう。笹木は抱えたリコリスの花束で顔を隠すと、
「そんなに似合わない……?」
いきなり航平が大きく手を広げるとリコリスの花束ごと笹木を正面から抱きしめた。
「あっ!? 駄目だよ、航平。せっかくの花が……」
「よく似合ってる。だけど、俺がいるときに一緒に眼鏡を選びたかったな」
ちゅ、と高いキスの音が耳もとで響く。同時に下腹に押しつけられる硬いものの感触と耳朶にかかる航平の熱い吐息に笹木は膝の力が抜けそうになった。
「と、とにかく先に夕食にしよう。早く着替えて、ゆっくり話を……」
顔を火照らせて狼狽える笹木の頬や首筋にたくさんのキスと落とした航平が、満足げに笹木を解放する。そしてスーツケースを開けると中から赤ワインのボトルを取り出して、満面の笑みと一緒に笹木に差し出した。
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