2 / 56

第1話

 押し黙っている奥寺も、今日が初めてなのだろう。声をかけるとすぐについてきた。奥寺の首に腕をかけて、首を傾げてみる。 「もう、する?」  奥寺は大きな手で尊の腕を掴み――そっと首から外すと、目を逸らして呟いた。 「すまないが、俺はゲイじゃない」  奥寺の首にぶら下がれなくなった両手をぼんやり見つめて、尊はまた首を傾げる。奥寺を誘ったのは「その道」のバーだ。慣れている風では無かったが、怯む様子もなく一人で飲んでいた奥寺が、ノンケだとでも?  「店にいたでしょ?」 「そういう店だと知らなかった」 「え、でも、誘ったらラブホまで来たじゃん?」 「その、人前で断ったら君のプライドを傷つけるかと思って」  右に傾げていた首を左に傾げなおし、尊は、ゆっくりと問うてみる。 「マジで、違うの?」 「本当に違う」  奥寺の目は仕事中のように真剣だった。嘘を言っている表情ではないことくらい分かる。けれど、こんな結末はすぐに受け入れられない。 「マジで、ええー、ショックなんですけど」 「悪かった」 「俺、勝手にカミングアウトしちゃったじゃん」 「誰にも言わない」  物静かで寡黙な奥寺の言葉は信用できると思う。それでも少しは不安だ。 「口止めに、やっちゃおうかなー」  元々、奥寺のことはびっくりするくらい好みなのだ。  真っ黒い髪は前髪を後ろに流して綺麗な額を晒している。目尻が釣りあがった静かな一重でちょっと細目なのが色っぽい。耳触りのいい低い静かな声が薄い唇の間から出てくるのが、また色っぽかった。黒ぶちの眼鏡で隠れているが、頬骨の真ん中に小さな黒子があるのもポイントが高い。たしかオーナーと同じ年だといっていたから、今年で三十八歳のはずだ。尊より十八も年上で大人の艶が駄々漏れで困る。  ――あー、やりてえ。  それが初対面の感想だったくらい、奥寺は好みなのだ。

ともだちにシェアしよう!