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第1話
――間違いだった、ってそんなんアリかよ。
浮かれた分、反動が重くて妙に疲れた。
それに加えて「勃起不全」の告白だ。完全に、キャパオーバーというやつだろう。
「あー、もう駄目だ」
尊はキングサイズのベッドに飛び込むと、薄茶色の髪を大げさに掻き回す。奥寺が何も言わずに立ちすくんでいるのを、ちらと見てから溜息を吐いた。
――完璧な男だと思ったのになあ。
もったいない、と言いかけて飲みこんだのは一応のデリカシーというやつだ。奥寺だって、そんなこと言いたくなかったに決まっている。もしかしたら期せずしてゲイをカミングアウトしてしまった尊に気をつかって、自分の弱みを晒したのかもしれない。そういう、さりげない優しさを持っている人なのだろうなあと、あらためて思うと、えらくときめいた。
「じゃあ、俺は先に出るから」
奥寺が小さく頭を下げて出ていこうとしたのを追い掛けたのは、そのときめきのせいだ。もう少し、奥寺と一緒にいてみたかった。
「せっかくなんだし、このまま泊まりません? いや、手は出さない、約束するし」
「いや、俺は」
「あー腹減ったな、何か食いませんか、奥寺さん何食います?」
こういうときは畳みかけるに限る。奥寺だって休み前の貴重な夜を一人で飲みに来ていたのだから、これといった予定もないに違いないのだ。
ルームサービスのパンフレットをめくりながら奥寺に向けて差し出した尊に、奥寺は口だけで笑うと、素直にパンフレットを受け取った。
「敵わないな」
「へへ」
「君のその笑顔にノーと言える人はいないと思うよ」
褒められた。
――マジかマジか。
仕事中にそんな雰囲気を感じたことなどない。オーダーを通しても料理を受け取っても、挨拶しても雑談しても、奥寺の表情はいつだって僅かに揺れるだけで、いつも静かだったのだ。
「笑顔褒められるの、すっげー嬉しい」
「下元がいつも褒めている」
「あー、オーナーはすぐそんなこと言うから信用できないな」
「それが下元のいいところでもある」
オーナーの下元と奥寺は高校時代からの付き合いらしく、オーナーと調理人という関係だけでないのは見ているだけでよく分かった。気の置けない相手が側にいるということは羨ましくもある。もちろん、尊にも友人はいるが、どうしても同じ性癖の相手にしか心を開けず、それが恋愛に発展してしまうので親友という存在を作るのは難しい。
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