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第2話
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ランチタームのピークを過ぎると「カフェアンダーワールド」は一息つける。有巣に促されて休憩に入りながら、尊はそっと厨房を覗いた。中では奥寺とオーナー下元が何か話している。基本的に調理は奥寺一人だが、忙しいときは下元も調理に入る。今日のランチは混んだので、今は二人で厨房なのだ。
「休憩入ります」
声をかけると、下元がひらひらと手を振ったが、奥寺は小さく会釈をしただけだった。
あれから、奥寺の態度は今までと何一つ変わらない。相変わらず寡黙で淡々と仕事をこなしている。
「尊、何か作ろうか」
「あー、じゃあフレンチを」
「またかよ」
「好きなんですよ、仕方ないでしょ」
「面接のときから言ってるよな、お前」
下元と軽口を叩いているうちに、奥寺は手早く調理を進めていく。この店では基本的に冷凍食を使わないので、奥寺の手腕一つにかかっているのだが、その大変さを思わせないほど、奥寺の手際の良さは完璧だった。今もあっという間に作ったフレンチトーストを手渡してくれて、微かに笑った。
「本当に好きなんだな」
眼鏡の向こうで目尻に寄った皺が作り笑いじゃないことを教えてくれる。
――ひい、格好いい。
思わずシャツの胸元を押さえながら、尊は慌ててそれを受け取ると颯爽と端の席に腰を下ろした。こんなことでいちいちときめいていたら身がもたない。平常心平常心と呪文のように唱えながら食べたフレンチはいつもより味を感じなかった。
六時のオーダーストップを超えると、有巣と尊は帰り支度を始める。普段はどちらかがラストまで残って片づけをするのだが、今日は厨房を遅くまで使うらしく、二人は早上がりだ。
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