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第2話

 帰り道で、有巣が難しい顔をして尊を見つめた。 「あんた、今日奥寺さんばっか見てたわよ」 「えー、すんません、いや、ほら、あの人って、けっこう凄いんじゃないかなーって最近気付いて。今日も忙しかったのに、次々オーダー出来あがるし」 「まあね、あの人はそりゃ凄いよ。ムッシュヒライって知ってるでしょ? フレンチレストランの。前はあそこにいたらしいけど、なんかクビになってオーナーがこの店に誘ったんだって」 「ヒライって一つ星取ったとかで有名なとこ? 一時期、めちゃテレビ出てた?」 「そう。だからかな、あんなに落ちついてて大人で格好いいの」  語尾にハートマークでも付けそうな勢いの有巣の言葉に頷きながら、あんなに完璧なのにクビになる理由があるのだろうかと首を傾げる。だからといって詮索するのも悪い気がして、尊はその思いを飲みこんだ。  有巣と別れてコンビニに寄ったところで、財布を忘れたことに気がついた。 「面倒くせえなあ」  このまま帰ってもよかったが、あいにく明日は定休日だ。有巣と歩いた道を逆走しながら店まで戻ると、まだ電灯がついていた。 「すみませーん、忘れ物で」  店に入ると、下元と奥寺が驚いた顔で尊を見つめる。二人は厨房で調理をしているようだった。調理台にはクリーム系のパスタとガラスの器に入った何かが見えた。 「尊、何忘れたんだ?」 「財布です。それ、美味そうですね、何ですか」 「カキのクリームパスタ。奥寺が納得いかないから改良したいってうるさくて」  カキのクリームパスタは冬季限定メニューで人気商品だった。尊も何度か食べたが、改良するようなところがあるとは思えないほど美味しかった。それを休みの前日に残ってまで改良するなんて、奥寺は真面目なのだろうなと思う。

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