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第2話
「ああちょうどいい、お前これ食ってみて」
差し出されたのはパスタではない方だった。アイスを入れるガラス器に入れられたそれは透き通った黄色の半円。
「林檎のコンポートだ」
「コンポートって、煮たやつですよね。俺苦手」
「知ってる。だから食え」
そもそもせっかく瑞々しく甘い果物を、わざわざしおしおにして更に甘くするという行為の意味が分からない。とはいえ、奥寺と目が合って小さく頷かれては嫌とは言えない。渋々林檎に手を付ける。微かに歯ごたえの残るそれは思ったより甘すぎず、けれどふわりとした甘さが口に広がって消えていく。もう一度、と思わせる甘さは尊の好む味だった。
「すげ、美味い、これ美味いです、これだったら俺食える」
「おお、よかったな奥寺。これ付け合わせにしよう」
「ちょ、それ俺の責任重過ぎませんか」
食べた感想を言った途端に商品化が決まってしまったのには慌てた。自分の味覚がそれほどあてになるとは思えない。けれど奥寺が静かに口を開く。
「以前作ったときは、君が好きじゃないと言ったから改良してみたんだ」
「え。そんなことありましたっけ、あの、すみません」
「いいんだ。俺も満足している」
黒ぶち眼鏡を指で押し上げながら、奥寺が穏やかに笑った。はずみで白い歯が覗いてなんともいえない気分になる。頭の奥で警報が鳴り響くのが聞こえて、尊は慌てて背を向けた。
「あ、あの、帰ります、お疲れさまでしたっ!」
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