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第2話

 ――浮気されたのかな、だとしたら、やっぱ女の人不信がインポの原因とか?  男とはデリケートな生き物で、いつでも沸いていると思われている性欲だってデリケートなのだ。男としての自信をなくして性欲が枯れるという話も聞いたことがあった。 「アタシだったら耐えきれないもんね、まさか自分の子じゃなかったなんて」  マスターはさらりとそう口にしてから、我に返ったように口に手を当てた。聞いてはいけないことを聞いた気がする。 「……マジで」 「いやね、噂よ噂。こんな噂が広がるから田舎ってやあねえ」  作ったような笑みを浮かべて、マスターは他の客を接客にいってしまったが、逃げたのだろう。噂というのは悪意もなく、こんな風に広がっていくのだろうと思ったが、今はそれよりもその噂の内容の方が問題だ。  ――自分の子じゃなくて、離婚したのかな。  その傷は確かに深いだろうし、心理的トラウマで勃起不全になっても不思議じゃない気がする。二十年程前のこと、とはいっても、奥寺はまだ傷を抱えているのだろう。確かに、尊だってそんな目に合ったら人を信じられなくなりそうだ。  なんとなく飲む気分じゃなくなって店を出ると、一月の夜風が容赦なく体を叩きつけた。奥寺のことを好きになったかもしれないと浮かれて店に飛び込んだ気分が嘘のように塞いでいて息がつまる。 「やっぱ、俺の手におえる人じゃねえな」  寂しくはあったが、まだ本気になる前でよかった。気を取り直して家路についた尊だったが、大通りに面するファミレスの前で足を止めた。  そこに奥寺がいたからだ。奥寺は歩道の隅で立ち止まって何かを見ている。その視線の先にはファミレスから出てきた家族連れの姿があった。子供はまだ小学校に上がっていないのだろう。父親と母親の間で二人に手を差し出している。なんということのない、日常の風景を、奥寺は立ちすくんでいつまでも見ている。  その広い背中がやけに寂しそうで、思わず駆けよってしまった。

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