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第2話

「岡崎君?」 「あ、へへ、あー。何してるんですか」 「何でもない。家に帰るところだ」  そんなことを言いながらも奥寺の視線はさっきの親子連れを見送っている。きっと、無意識だろうと思うと、胸がつまった。そんなに寂しそうな背中をするのに、尊に向かって微笑む顔はまるで寂しさをみせない。それが大人ということなのかもしれないが、尊には耐えきれそうになかった。 「あの、すみません、俺、聞いちゃって。奥寺さんの過去のこと」  一瞬、淡々とした奥寺の顔が曇ったのを見逃さなかったが、もう遅い。踏み込んではならないところに、踏みこんでしまったのだから、責任は取らなければならない。 「あ、あの、我慢、しないでホラ、愚痴とか言った方がいいんじゃないかなーって。俺も色々あるけど、溜めこむといいことないっていうか、本当に自家中毒みたいになって鬱直前だったこともあって。なんたって俺、奥寺さんの秘密知ってるんだし、どうせ愚痴るなら、俺がいいんじゃないかなあ、とか」  一気に捲し立てながら、奥寺の顔色が変わらないことが怖かった。言っていることは本音だし、絶対辛いことは溜めこまない方がいいという真実も知っている。何か奥寺の力になれたらと思ったのだが、これは絶対、大きなお世話というやつだ。 「あ、あの、すみません。本当、すみません」  うなだれると奥寺の靴しか見られなくなる。靴も綺麗だなあ、とぼんやり逃避を始めた尊の頭上で、奥寺が笑う声がした。 「家まで送ろう」 「いえそんな、マジで、大丈夫です、俺なんて川に捨ててくれれば」 「愚痴を、聞いてくれるんだろう?」  柔らかい声に思わず顔を上げると、奥寺は笑っていた。無神経を許してくれるなんて、優しすぎて心臓が跳ね上がる。歩きだした奥寺の隣に並ぶと、心臓はもっと大きく鳴った。

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