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第2話

 愚痴を聞いて、などと言ったわりに奥寺は無口だった。沈黙が怖くて何か喋りたかったが、聞くと言った手前、黙って待つしかない。どれくらい歩いたのか、もうすぐ尊の家につくというタイミングで奥寺はようやく口を開いた。 「俺がね、悪かったんだ。まだ若かったから仕事に夢中で妻を思いやれなかった。可哀想なことをしたよ」 「……そんなん、奥寺さん悪くないじゃん」 「寂しい思いをさせたのは俺が悪いし、何より俺は守れなかったから」 「奥さんを?」 「――子供を」  奥寺の口から子供と聞いて、どきりとする。「自分の子じゃなかった」噂が本当なら、浮気相手との子だ。  ――でもきっと奥寺さんは子供が好きだ。  ファミレスから出てきた家族を見つめていた奥寺の視線はいつまでも子供の姿を追っていたからだ。 「守れないって、だって、元奥さんが連れていったんでしょ。奥さんが守ってくれてるって」 「――彼女は再婚後、育児ノイローゼになったらしくてね。どこかの施設に預けたって聞いたのは十年前。捜したけど、俺は他人だから」  淡々と、まるで昨日の天気の話でもするように奥寺が語るのを聞きながら、尊は内心で泣きだしていた。これは駄目だ、手におえないレベルが大きすぎる。  ――こんなん、俺にできることなんて皆無じゃんか! 「小さな体一つ守れないのに、命を繋ぐ行為をする資格なんてない」 「だ、だから、エッチしないの」 「できないんだ」  考えすぎだよとか、そんなやついっぱいいるだろとか、尊の思いつく言葉をいくらかけたところで奥寺には届かないだろう。この傷は深すぎて、尊にどうこうできる問題ではない。手を引くべきだ、と思った。不用意に踏み込んだら尊も傷つく。いつだか頭に鳴った警報は当たっていたのだ。 

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