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第5話
「君の十五歳って、ついこの間だろう?」
「いや六年も前だし」
「ああ、そうか、歳を取ると一年が短く感じてしまうんだよ、すまない」
その感覚はまだ尊には分からない。六年なんて恐ろしく過去のことだ。
「世間的には反抗期、かな。君も反抗期だった?」
「反抗した覚えはないなあ。父親いないから母親は必死だったし、そんなんに反抗とか悪くてできねえし。悪いことはバレないようにやってたかな」
母親と関係が悪くなった覚えはなかった。うっとうしいと思ったことはあるが、その時はお互いにいい距離をとって過ごしたような気がする。おかげで今でも関係は良好だ。
「そうか、君も父親が……」
「あっ、だからって奥寺さんを父親みたいとか思わないから安心して。それに、母親は彼氏いるし、幸せそうにやってるから」
奥寺の視線に同情か憐憫が含まれているとすれば、そんなものは欲しくない。尊はその視線から逃れてマウンドに視線を落とす。試合は九回表、佳境だった。
「辛いこともあっただろう?」
奥寺の声は優しい。優しさは好きだけれど、この話題では不必要だ。
「そんなの、誰だってあるだろ。父親いても辛いことなんてあるし、いなくてもあるし、そんなもんじゃないの。少なくとも俺はそれで辛いとかなかったなあ」
「お母さんを大事にしてるんだな」
「まあ、そりゃ。孫を見せてやれないことは悪いと思ってるかな」
つい、いらぬことを口にしてしまって、尊は慌てて続ける。
「ほら奥寺さん、もうすぐ試合終わるよ」
「――ああ。君は、その、本当に、男しか駄目なのか」
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