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第6話

 ぶつぶつと文句を言いながら去っていく下元の背中に奥寺は困ったように笑いかけていたが、尊はそれどころではなかった。  ――奥寺さん、断ってくれた。  友人とはいえ、雇い主の申し出を、尊の気持ちを尊重するようにきっぱりと断った奥寺に、やっぱり格好いいなと思いながら、うっとり見つめる。 「じゃあ、待ってて」  控え目な笑みを浮かべる奥寺に、尊は何度もこくこくと頷いた。  飲みにいく店を選んだのは、奥寺だった。元々奥寺の方がそういうことはよく知っているしありがたいと思ったが、尊を喜ばせたのはその手間が省けたからではない。奥寺が自ら尊と過ごすこの時間をおぜん立てをしたからだ。今までは尊が強引に約束を取り付けて、時間も場所も決めてきた。けれど、今回は奥寺が日取りも店も時間も決めてくれた。  それは、奥寺も少しは尊と過ごすこの息子ごっこを悪くないと思ってくれているのではないかと思わせてくれる喜びなのだ。  奥寺に連れられて入った店は想像以上に小さな居酒屋だった。元フレンチシェフだという奥寺の選ぶ店だからこじゃれたレストランか何かと思っていたので肩すかしをくらった気分だが、尊の好みからいえばこの方が嬉しい。  隅のテーブル席につくと、奥寺がメニューを差し出してくる。そっけない料理名だけが書かれたメニューに書かれた値段も尊好みの庶民的プライスなので、遠慮しなくて済みそうで嬉しくなる。 「焼き鳥はオススメだな」 「そっか、じゃあ食べる。奥寺さん、よく来るの?」 「そうだな。十年以上は通っている。ああ、揚げだし豆腐もいい」 「じゃあそれも食べる。っていうか、奥寺さんのオススメ食べたいから適当に頼んでよ」 「いいのか?」  奥寺の好きな味を知りたかったし、それはきっと間違いなく美味しいはずだと、尊は大きく頷いた。

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