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第6話
奥寺は慣れた様子で何品かのメニューとビールを頼んでくれる。待つことなく届けられたジョッキを合わせて小さな乾杯をしてから喉に流し込む琥珀色のアルコールは、尊の気持ちを更に昂らせるのに最適の役割だ。
「あー、この揚げだし好き」
「そうか、よかった。俺も好きなんだ。ポン酢なんだけど、豆腐と合う」
次々と運ばれてくる料理はどれも尊を笑顔にさせるには十分すぎるくらい美味しくて、同時に進む酒の勢いもあってか尊はすっかりいい気分になった。
しばらくは店の話や読んだ本の話を聞きながら奥寺の声を楽しんでいたが、好きなもののことを離す奥寺の顔が見たことのない程明るく笑うのに心臓が跳ねあがりそうになったりする。こんな言い方は失礼とは分かっているが、可愛いのだ。それだけでなく、料理の話をするときは真剣で格好いいとも思う。それを口にしそうになっては飲みこんだ。なるだけ奥寺の話を聞きたくて、尊の方から何度も話を振っているのは、余計なことを喋らない為でもある。
「奥寺さんってさ、なんで料理人になったの?」
「祖父に連れていってもらった店の味が忘れられなくてね。元々、食べるのが好きで子供のときは太っていたくらい」
「え、信じられない。こんなにいい体なのに」
「大人になってからは節制しているよ。歳を取ってからは体づくりもしているしね」
すらりとした体なのに、肩や胸には鍛えられた筋肉がついているのはそのせいなのかと、シャツの下を想像して慌てて首を振った。飲みすぎたせいか、くらくらする。頭を押さえて肘をつくと奥寺の心配そうな目が見える。
「大丈夫か? そろそろ帰ろうか」
――嫌だ、まだ、一緒にいたい。
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