何か会話を、と急いだ口が、ぽろりとこぼす。 「そういえば奥寺さんって、ムッシュヒライにいたって聞いたけど」 　明らかに、奥寺の顔色が変わった。これは踏み込んではいけないことだったのか、と気付いて酔いがさめていく。せっかく良い感じだったのに自ら雰囲気を壊してしまったことに気付いて尊は慌てて口を開いた。 「いや、ごめん、なんでもない」 「いや、別にいい。その通りだから」 「そっか」 　何故、クビになったのか、何故そんな店のシェフが小さなカフェのキッチンなどにいるのか、聞きたいことはあったけれど、尊は必死で飲みこむ。けれど、奥寺はすぐに柔らかく笑うと、うつむいた尊の額を小突いた。 「聞きたいって顔してる」 「えっ、いや……ごめんなさい」 「いいよ。君には今更何を隠しても仕方がないだろう？　ヒライさんにはお世話になったし、尊敬しているし、素晴らしい店だよ」 「――首に、なったって……」 「娘さんを紹介されてね。でも俺では彼女を愛せないし幸せにできないから」 　そのまま黙った奥寺は微笑んだままでジョッキに残っていた泡もないビールを流し込んだ。それを見つめながら、この話の結末を思う。 　――奥寺さんは、インポだから彼女を振った、のか。 　愛せない、とはそういう意味だろう。けれど、それで職を失うことなどあっていいのだろうか。尊には、どうしても理解できなかった。まだ残る酔いが手伝って、どうしても言いたかったことが口をついて出る。 「俺、分かんないんだけど、どうしてそんなに奥寺さんが自分を責めてるのか。ヒライの娘さん振ったのって、前の奥さんのことがあって抱けないからでしょ？　そんなの、奥寺さんは何も悪くないのに、なんでそんなに」 　頭が痛い。外から殴られるような痛みは責めることのない奥寺の視線を浴びているからか。そして内から殴られるような痛みは、自分が今、奥寺を傷つけていると自覚しているからだ。でも、止められない。 「子供のことだって、奥寺さんは関係ないじゃんか」 　別の男との子を身ごもって離婚して、再婚後に育児放棄したことの何が「奥寺の責任」だというのか。奥寺がセックスできないのは傷つけられたからではなく、この罪悪感のせいなのだと尊は思っている。そしてそれを理解できない。