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第6話
奥寺は静かに尊を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あの頃、俺は本当に仕事が楽しくてそのことばかり優先して、彼女をないがしろにしたんだよ。もっとちゃんと彼女を優先していれば、他に目が向くこともなかっただろうし、それはふがいない俺の責任だろう」
尊には奥寺の元妻の気持ちは分からない。そもそも「妻」の立場にたつこともできない身では想像しかできないけれど、寂しさが身を苛むことがあるのは知っている。けれど、それで浮気をして別の男の子供作るなんて、それは違うだろうということだけは言い切れる。
「――分かった、じゃあ、奥寺さんが寂しい思いさせたから奥さんが浮気したのは奥寺さんのせいでもいい。けど、それと子供への罪悪感って、別じゃん」
むしろ、怒りから嫌悪してもいいくらいだ。
「君は、赤ちゃんの手を握ったことがあるか?」
「え? いや、ないけど」
「小さいんだ。とても小さくて温かくて壊れそうで。でも指を握ってくる力は強いんだ。俺はあの小さな手を、守りたかった。他人だと何度言われても」
それまでまっすぐに尊を見ていた奥寺が、うつむく。眼鏡をはずして目元を覆う姿に尊は身が切り裂かれるような気分になった。そこまで自分の子ではない子供に愛情を持っていたなど、思わなかったのだ。
お人よし、なんてものではない。奥寺はあまりに真面目で頑固なのだろうと痛いほどに感じる。
そんな人を、おいつめて、傷つけた。
何か謝罪を、と思うが尊の知るどんな謝罪の言葉でも足りなくて、何を言えばいいか分からなくなる。
――馬鹿か俺は!
踏みこんでいい領域ではないと、分かっていたではないか。この傷は尊では手におえないと、分かっていたのに、土足で踏み入って、その傷を掻いたのだと思うと、自分をどれだけ殴っても足りない。目元を手で覆っていた奥寺がすぐに顔を上げて尊に微笑むから、余計に苦しくて言葉が出ない。
「俺、その、ごめんな、さい」
ようやく絞り出した声を奥寺は静かに受け入れてくれる。
「気にするな」
ずかずかと踏み入った尊を奥寺は責めない。その優しさがかえって辛かった。
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